好きな小説『餓狼伝』についての話

 時折、小説の新人賞に投稿する際、「あなたに影響を与えた作品」というものを書く欄があったりします。

 人によって色々なタイトルが上がる項目かと思うのですが、僕の場合、ここに必ず夢枕獏先生の『餓狼伝』をあげるようにしています。

 夢枕獏先生といえば、ダークファンタジーからホラー、アクションまで幅広い作品を手がける有名小説家の一人。

 『餓狼伝』はそんな夢枕先生が1985年から描き続けてきた、現代を舞台とした骨太格闘小説です。

 最近ではNetflixでオリジナルアニメが描かれたりと、今もなお根強い人気を誇る作品で、その作風やエッセンスからは実に多くのことを学ばせてもらっています。

『餓狼伝』のあらすじ

 本作で舞台となるのは、現代の日本。

 流浪の格闘家・丹波文七がさまざまな武術を身につけながら、各地を旅し、様々な強者を相手に激闘を繰り広げていきます。

 作者である夢枕先生曰く、「現代の宮本武蔵、姿三四郎を書く」というのが作品のコンセプトらしいですね。

 どっちが強いか――そんなシンプルなテーマ性でありながら、強さとはなにか、なぜ強さを求めるのかといった人間の心を、卓越した筆力によって濃厚に描いていきます。

 もちろん、濃厚かつリアルな格闘描写の数々も、本作ならでは。

 まさに格闘技に造詣の深い、先生だからこそ描ける一作と言えるかもしれません。

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漫画版『餓狼伝』との出会い

 僕が初めてこの作品と出会ったのは、格闘漫画『刃牙』シリーズでお馴染みの板垣恵介先生が手がけた、漫画版がきっかけでした。

 元々、『刃牙』シリーズを愛読していたため、当初は同じ作者の作品ならば……という軽い気持ちで読んでみたのですが、すぐにその濃厚かつ男臭さ全開の世界観に引き摺り込まれることに。

 強いやつと強い奴が戦う――これってやはり、数々のエンタメ作品で描かれてきた、不変のテーマなのだと思います。

 もちろん、現代社会において強さなんてものが必要になる場面は少なく、戦いや喧嘩なんてものは無縁である人の方がほとんどでしょう。

 時代の流れとは逆行するように、身につけた力を使って、強くなりたい――そんな男たちの葛藤も作中ではしっかりと描かれており、登場人物一人一人の造詣をより深く、濃密なものにしているのです。

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格闘描写も、心理描写も、とにかく濃厚

 この作品にも架空の武術は登場しますが、基本的にはかなりリアル寄りな格闘バトルが繰り広げられていきます。

 劇中に登場する流派も空手、ボクシング、柔道、サンボ、プロレスと現実に存在するものが多く、異なった格闘技同士が戦ったらどうなるか……といった、IFの決闘を多数見ることができます。

 この格闘描写がとにかく濃厚で、打撃戦はもちろん、組み技の掛け合いなども、ぶつかり合う二人の肉体や心情の変化を丁寧に描くことで、読む者にそれぞれのシーンを生々しく想像させていきます。

 特に、劇中に登場するオリジナル流派「竹宮流」の技は、「虎王」、「雛落とし」、「片羽千鳥」といった仰々しい名前のものばかりですが、文章を読むとその一連の動作や効果がありありと脳裏に描かれていくのは、とにかく圧巻。

 当然、この筆力は登場人物のちょっとした心理描写にも活用されており、戦いに向かう彼らの複雑な心模様、葛藤、苦悩が随所に挟み込まれるのです。

 登場人物が個性的であるのはもちろん、一人一人の強さへの向き合い方の違いも、本作を楽しむ上では外すことのできない要素のように思います。

最近の連載作品でも、衰えないその手腕

 夢枕先生は令和になった現在も様々な作品を手掛けられており、『刃牙』シリーズの外伝である『ゆうえんち』を連載したりと、実に嬉しいコラボを展開してくれたりしています。

 相変わらずその筆力は衰えることがないのですが、先生の作品を見ていて思うのが、やはりエピソードごとにしっかりと「引き」を作ることで、読者が続きを気になるよう、しっかりと作品に引き込んでいる点。

 連載作品だと文章量も限られている中で、しっかりと起承転結や見所を盛り込み、その上で次の話に続くようなフックまで利かせているのは、まさに「さすが」の一言。

 もっぱら、新人賞ではホラー長編ばかりを描いている僕なのですが、この『餓狼伝』への憧れから、Web小説では格闘作品の連載を続けていたりします。

 無論、まだまだ先生の実力にはまるで手が届かないのですが、それでもその説得力にあふれた描写の数々や、人々を惹きつける文章構成は学ぶところが多く、作品に散りばめられた様々なエッセンスから学ばせてもらっている次第です。

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